このアルバムが録音されたのは、1982年10月。ジェームス・ブッカーがこの世を去る、およそ一年前だ。
晩年のブッカーは、精神的に死んでいたとう。トレードマークだったアイパッチや奇抜な衣装を身に着けるのをやめ、こっけいな冗談も言わなくなり、いつも不機嫌でいることが多くなった。
録音の一週間前、ブッカーは発作で倒れ、病院へ運びこまれた。レコーディングはほとんどキャンセルされかかったが、奇跡的に回復して、なんとか間に合って退院した。しかし、ブッカーは、レコーディングできる精神状態ではなかった。スタジオでの一日目は、クラシックやジャズの断片を弾きつづけ、録音に必要な曲の演奏を拒否した。二日目はスタジオの隅にほとんど意識不明で座りこみ、とても弾ける状態ではなかった。誰もがあきらめかけた最終日の三日目、ブッカーはまるで別人のように現れてピアノを弾きまくり、 "Classified" を完成させた。
このアルバムは、一般的にあまり高く評価されていない。初期の頃に比べて冴えない、というような批評が多く書かれている。確かに同じくスタジオ録音である "Junco Partner" に比べると、音の質はいまいちである。しかし、それを認めた上で、他のアルバムにはないものが、この "Classified" には確かに存在する。猛烈な、半狂乱的きらめきがまばゆいばかりの "Baby Face"。そして、後戻りできない心の奥の深い深い領域に入りこみ、もう彼自身、どうすることもできない、という精神の混沌を聴くような "Angel eyes"。それらは、傷ついた鳥が見せる必死の飛翔だ。完璧ではないが、最期の力をふりしぼって飛ぶその姿は、人の心を強く打つ。
ピアニストというのは、ある意味で、スポーツ選手と同じようなものだ。マラソン選手が毎日走らなくてはならないように、ピアニストも弾き続けなければ、指を良い状態に保つことができない。どんなに精神のバランスがとれていても、創造力に満ち溢れていても、日々の練習なしに、演奏することは 「肉体的に」 不可能なのである。
"Classified" を聴くたびに私が思うのは、精神的にも肉体的にもどん底の状態でありながら、ブッカーはピアノを弾くことを決してやめなかったのだということだ。
"Swedish Rhapsody" で見せてくれるきらびやかなテクニックを聴けば、彼がいつもピアノを弾いていたことは明らかで、この事実は私を切なくあたたかい気持ちにさせる。ブッカーにとって、それは本当に大切なことだったのだ。そしてそれは、よいことであったのだと信じたい。
メープル・リーフ・バーには "1983 James Booker" とサインされたLPが飾ってある。
|