「ピアノは指ではなく、心で弾くものだ」 と言った人がいる。クラシック音楽界の天才ピアニスト、グレン・グールドである。
ジェームス・ブッカーのピアノを聴くと、いつも、このグールドの言葉を思い出す。そして、本当のテクニシャンとは何か、と改めて考え直すことになる。
多くのブギウギ・ピアニストやブルース・ピアニストが用いたピアノ奏法として、”打楽器的”奏法というのがある。その名の通り、打楽器のように鍵盤をぶったたいて音をだす奏法で、ノリのいいブギウギや、ごりごりしたブルースには欠かせない、ブルース・ピアノの主流とも言える。ジェームス・ブッカーのピアノの弾き方は、この 「ぶったたき奏法」 とは対極にある、「脱力奏法」 である。これは、クラシック音楽 - 特にショパンなどのロマン派 - を弾く時に用いられるテクニックで、ブッカーの音楽がオリジナルに響く原因のひとつは、彼がこのクラシック音楽のテクニックでブルースを弾いたところにある。
どんなに強い音を出す時でも、ブッカーは決して鍵盤を叩いたりしない。"How Do You Feel" や "One Hell of a Nerve" などで聴かせる、ずっしりと重く、しかしシャープで歯切れのよい和音は、力まかせで出る音ではない。そして、バラードで見せる表現力もまた、脱力のたまものである。このアルバムでは、"Please Send Me Someone to Love" が特にすばらしい。ブッカーが弾くとピアノは、時にやさしく切なく、時にきらびやかで哀しく、時に気だるいため息のように響く。音楽が言葉だと感じるのは、こういう時だ。
テクニック的なことをもう少し述べるなら、”脱力” といっても、各指の第三関節のあたりを中心とした手のひらの支えと、指先はしっかりしていなければならない。ここを勘違いすると、指は鍵盤をなでるばかりで、ブッカーのような芯のあるクリスプな音にはならない。そして、良い音を出すために何よりも大切なことは、弾いている全ての音を、胸の内でしっかりと歌うことである。
幼い頃からクラシック音楽の教育を受けたブッカーは、超絶技巧のピアニストとして語られることが多い。しかし、ここで、冒頭の疑問に突き当たる。本当のテクニシャンとは何か。難曲を間違いなく軽々と弾いてのけることであるなら、なるほど、ブッカーはテクニシャンである。しかし、ブッカーの音楽の魅力は、それを更に超えたところにある。
ブッカーは、体得したテクニックを巧みに用いて、感情を自由自在に表現した。彼の演奏において、テクニックは最終目的ではなく、表現の手段でしかない。本当のテクニシャンとは、心のおもむくままに、楽器を操ることのできる人のことではないかと思う。ちょうど、グレン・グールドがそうだったように。
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